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2007年12月26日
エベレスト最高齢登頂記録を、4人連続で、日本人が更新中だ。
2002年石川富康、2003年三浦雄一郎、2006年荒山孝郎、2007年5月22日に71歳2カ月で柳沢勝輔が登頂に成功した。
世界最高峰のエベレスト登頂は、1970年5月11日に、冒険家の故植村直己が松浦輝男と共に成功させて以来、日本人にとってぐっと身近な存在になった。
しかし、標高8848メートルを制するためには、登山の技術に加え、強靱な精神力と驚異的な体力が必要となる。体力気力十分である若い人にとっても大冒険にも関わらず、近年、日本人の壮年登山家が、最高齢を更新中だ。
(1)2002年5月17日に65歳5カ月で石川富康登頂
石川は、50歳を超えてからヒマラヤの8000メートル以上の高峰に挑み、
1994年には、当時日本人最高齢だった57歳でエベレスト登頂していた。
(2)2003年5月22日に70歳7カ月10日で三浦雄一郎登頂
二男でスキー元五輪代表の豪太33歳との登頂で、親子同時登頂は日本人で初めて。
(3)2006年5月17日に70歳7カ月13日で荒山孝郎が登頂
先の三浦雄一郎が、プロスキーヤーで数々の冒険も経験し、若くから体が出来ている条件だったが、その三浦氏の記録を3日破った荒山孝郎は、神奈川県鎌倉市の経営コンサルタントで、東京の山岳ガイド会社「アドベンチャーガイズ」が企画した公募登山隊の一員として参加した、街の登山家だ。40代から本格的に登山を開始したという。
(4)2007年5月22日に71歳2カ月で柳沢勝輔が登頂
長野県上田市の元中学教諭、柳沢勝輔は、大学時代から50年以上の登山経験があるベテラン。ニュージーランドの登山隊の公募に応じた。
更に、女性でも驚異的な記録が残っている。
横浜市の内田敏子が、2002年10月1日 71歳でヒマラヤ高峰チョー・オユー峰(標高8201メートル)登頂に成功した。8000メートル級の登頂者としては世界最高齢だ。
本格的に登山を始めたのは遅く1996年頃、仕事を辞めたのをきっかけに世界の高峰へのチャレンジを始めた。158センチ、44キロと小柄。
8千メートル付近の酸素濃度は平地の約3分の1しかないのに、内田は「初めて酸素マスクをつけたけど、顔が小さいからマスクのすき間から息がもれてゴーグルが曇るんです。だからはずしちゃった」(後日談話)と酸素マスクを外し、一緒に登ったメンバーを慌てさせた。
登頂へのアタックでは、「チームのメンバーからは遅れてしまったけど、『一歩、一歩足を出していけば頂上に着くんだ』と絶えず自分に言いきかせた」という。
山に登るのは、人生を歩むにも似ていて、心に残る一言だ。