ES細胞から目の網膜の視細胞作製に成功 世界初 理化研・京大
2008年4月22日
2005年8月、従来不可能であった神経網膜細胞、特に網膜の主要な細胞である視細胞を、マウスES細胞を使い産生することに、世界で初めて成功。更に、2008年1月、ヒトのES細胞で30%という高確率での作成に成功した。今後、視力や視野を回復させる再生医療への応用が期待されている。 この記事の続きを読む
技術世界一:シェア世界一、土木・建築世界一、生物・医学世界一、精神・文化世界一:忍者の発生と歴史・アニメ、自然世界一:世界遺産、天文世界一、スポーツ世界一、スポーツ優勝記録、日本が世界に誇る偉人、ノーベル賞に近い日本人 、外国に貢献した日本人 、世界が讃える日本、世界で活躍する日本人など、日本人自身が知らない日本が誇る世界一をご紹介していきます。
2005年8月、従来不可能であった神経網膜細胞、特に網膜の主要な細胞である視細胞を、マウスES細胞を使い産生することに、世界で初めて成功。更に、2008年1月、ヒトのES細胞で30%という高確率での作成に成功した。今後、視力や視野を回復させる再生医療への応用が期待されている。 この記事の続きを読む
肝臓癌治療の第一人者 日赤医療センター院長 幕内 雅敏(60) のもとには、手の施しようがないと言われた患者が集まる。
幕内医師の病を患う人に向き合う思いは「自分が最後の砦」 この記事の続きを読む
2007年7月、自治医科大学の間野 博行教授らと科学技術振興機構の研究グループは、肺がんを引き起こす新たな原因遺伝子を、喫煙者の肺がん細胞から発見した。喫煙と関係しない肺がん原因遺伝子は発見されていたが、喫煙と関係すると見られる遺伝子の発見は初めて。 この記事の続きを読む
ピロリ菌(ヘリコバクター・ピロリ)が慢性胃炎、胃潰瘍や胃癌などを発生させる原因となることは、近年よく知られるようになったが、胃癌発生に強く関与していることを世界で初めて確認したのが、呉共済病院の消化器科医長だった上村 直実である。 この記事の続きを読む
東京警察病院脳神経外科医の河野 道宏医師は聴神経腫瘍の権威である。
多数の脳神経や脳血管が腫瘍とからみついている聴神経腫瘍、頭蓋底腫瘍の手術は脳神経外科の中でも最も難しい手術と言われている。
脳外科医個人の力量もあるが、麻酔医、手術室スタッフ、術後のケアを含め病院の総合力が手術成績に現れる。
手術症例数を維持することは、外科医、パラメディカルスタッフの経験値を上げ、治療の質を確保する。 この記事の続きを読む
小倉記念病院の循環器科医師であり院長の延吉 正清は、狭心症や心筋梗塞の治療として行われるPTCA(経皮経管的冠動脈形成術)療法の権威であり、3万人以上の命を救った。
小倉記念病院は日本一のPTCA症例数であり、全国から他の病院で治らなかった患者さんが訪れている。 この記事の続きを読む
2007年6月16日(土)午後10時25分、沖縄美ら海水族館で、オニイトマキエイ(マンタ)の雌の赤ちゃんが生まれた。飼育下でマンタの繁殖に成功したのは世界初である。 この記事の続きを読む
脳外科医で世界的名医。米デューク大・ウエストバージニア大教授、仏独などでも教授兼任。
1987年、顕微鏡手術で「鍵穴手術」と呼ばれる術式を世界に先駆け開発した。
35年間で手術した患者さんは2万人を超え、しかも1人も死亡例がない。 この記事の続きを読む
2007年7月、産業技術総合研究所 セルエンジニアリング研究部門 セルダイナミクス研究グループの星野英人研究員らは、外部光源を必要とせず、自ら光る蛍光タンパク質(自己励起蛍光タンパク質:BAF)の開発に成功した。 この記事の続きを読む
2006年8月、京都大再生医科学研究所の山中伸弥教授と高橋和利特任助手は、マウスの皮膚細胞から様々な臓器や組織に育つ能力を持つ「万能細胞」を作製することに、世界で初めて成功した。 この記事の続きを読む
2005年3月、三菱電機は、炭素イオン線を用いた粒子線治療装置の医療用具製造承認を世界で初めて取得した。これは、高エネルギーに加速された炭素イオン線を用いて固形癌及び脳腫瘍の治療を行なう粒子線治療装置である。 この記事の続きを読む
2003年11月 富士写真光機と自治医科大学 消化器内科山本博徳医師は小腸全域の観察処置が出来るダブルバルーン電子小腸鏡を共同開発した。
バルーン(風船)を内視鏡に取り入れ実用化した初の方式。
高画質で小腸内部の観察が可能、病変部が見つかれば即検査治療が出来ること等、メリットは大きい。 この記事の続きを読む
2003 年10月 オリンパス株式会社は、先端が世界で最も細い外径2.6mmの膵胆管疾患検査治療用のビデオスコープを開発商品化した。 この記事の続きを読む
2005年3月、大阪大学遺伝情報実験センターの岡部勝教授らは、マウスを使った実験から、精子と卵子が融合する上で必須のタンパク質を精子側で発見した。これまで卵子では融合に必須のタンパク質が見つかっていたが、精子側での発見は世界で初めてである。
1966年、名古屋大学理学部化学教室の助教授(生化学)だった岡崎令治はDNAの合成前駆体である小さなDNA断片を発見。この断片はその後「岡崎フラグメント」と呼ばれるようになり、DNA複製機構の一部を解き明かす分子生物学上の大発見だった。
2007年5月、理化学研究所発生・再生科学総合研究センターの研究チームは、人体の様々な組織や臓器を形成する能力のあるヒト胚性幹細胞(ES細胞)を、従来の100倍以上の効率で大量に培養出来る技術を開発した。
弘前大医学部付属病院小児科で、造血幹細胞移植に成功した。
手術は、先天性免疫不全症という生まれつき免疫細胞を自分で作ることが出来ない4歳の男児に行なわれた。理論的には移植が有効と考えられていたが、成功例は世界で初めて。
太平洋戦争の敗戦から間も無い1946年、協和発酵社長の加藤辨三郎は、タンパク質を大量生産出来る技術の開発を社員に指示。それから8年後の1956年、発酵法によるグルタミン酸ナトリウムの生産に成功し、それは実現した。
1889年、北里柴三郎が破傷風菌の培養に成功。その後、血清を使った治療法を発見する。1894年には、香港でペスト菌を発見した。これらはすべて世界初である。