日本が世界に誇る偉人 | 日本の世界一

「現代のシェークスピア」と称された映画監督 黒澤明

黒澤明は、1943年『姿三四郎』で映画監督デビュー。1951年『羅生門』でベネチア国際映画祭のグランプリを獲得、日本映画の芸術性を初めて世界に知らしめた。1990年、日本人初の米アカデミー名誉賞。1998年に他界すると、スティーブン・スピルバーグは「クロサワは現代における映像のシェークスピアだ」、シラク仏大統領は「その大きさ、詳細さの感覚、社会的現実の観察で第七芸術の巨匠だった」、ジャック・ラング元仏文化相「映画界の《人間国際宝》」など、世界中から哀悼の言葉が述べられた。 この記事の続きを読む

人間の本質に迫る哲学を説いた数学者 岡潔

1953年「多変数関数論」分野の未解決問題3つをすべて解決。現代数学の試みである一変数複素関数を多次元化するために伴う本質的な困難を乗り越え、偉大な業績を残した。 この記事の続きを読む

竜巻大国で指標を発明したミスター・トルネード 藤田哲也

1971年、シカゴ大学教授・藤田哲也。世界で年間千個以上観測される竜巻(トルネード)の3/4が集中するアメリカで、竜巻の風速を測る「フジタスケール(Fスケール)」という指標を発明。国際的な基準となった。また1975年、ダウンバースト(下降噴流)を発見。多くの人命を救った世界的権威。 この記事の続きを読む

米国人が選んだ世界最高の哲学者 鈴木大拙

著書100冊中23冊を英語で書き、アメリカの多くの大学での講義を通じ、日本の禅文化と仏教思想を世界中に広く知らしめた仏教学者。 この記事の続きを読む

世界歴代映画ベスト10に入る名作監督 小津安二郎

1953年の『東京物語』は「日本映画の最高傑作」と評され、世界歴代映画ベスト10に入る名作。

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GHQが一目置いた「従順ならざる唯一の日本人」白洲次郎

戦後、白洲次郎はマッカーサーに昭和天皇からの贈り物を届けに行った時、その辺に置いておけと言われ、「天皇からの贈り物をその辺に置けとは何事か」と叱りとばした。曲がったことは認めず、筋を通し、GHQと対等に渡り合った。 この記事の続きを読む

世界の織機王 豊田佐吉

自動織機を研究し、23才での木製人力織機の発明を皮切りに数多くの発明を手がけ、1924(大正13)年、世界最高性能の自動織機を完成。1926年、豊田自動織機を創業し繊維機械産業の発展に大きく貢献。志は長男・喜一郎に引き継がれ、トヨタ自動車の創設、自動車産業の発展へと広がった。

エコール・ド・パリの代表的な画家 藤田嗣治

日本画の技法を油彩画に取り入れ、「乳白色の肌」と呼ばれた裸婦像などが絶賛。 この記事の続きを読む

デフレを克服した達磨宰相 高橋是清

1904年、国家存亡をかけ開戦した日露戦争の戦費調達の為、日銀副総裁・高橋是清は渡米した。日本政府はとりあえず1年分の戦費4億5千万円のうち不足分1億円(当時の国家予算・約6億8千万円)を外債で調達しなければならなかった。ロンドン市場では、国力差から日本に勝ち目はなく、敗戦後に紙屑になる懸念があるとの見方から、英国の資本家が日本公債を引き受けるはずもなかった。是清は、日本は国家生存のため、自衛上已むを得ず起った戦争である事と老若男女結束して一団となり、最後の一人まで戦う覚悟であると国内の戦意の高さを伝えた。 この記事の続きを読む

「日英同盟の陰の立役者」柴五郎の北京防衛

1900年6月、義和団の乱で、英、伊、仏、奥、独と日本の武官は北京の外国公使館地区防衛に当たった。総指揮官の英国公使マグドナルドは、日本の代表・柴五郎中佐の指揮下に入るよう命じたが、清国軍が攻撃を始めると、皆自国の公使館保護に帰った。柴中佐は義勇兵数十人だけの日本軍で地区を守り切った。

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米司令長官が崇拝した東郷平八郎元帥

東郷平八郎元帥。日露戦争時、日本海海戦でバルチック艦隊と戦い圧勝。ホレーショ・ネルソン、ジョン・ポール・ジョーンズと共に世界の三大堤督といわれる。 この記事の続きを読む

民族・考古学の世界的先覚者 鳥居龍蔵

鳥居龍蔵は、世界的に著名な民族学、考古学史上の巨人。明治から昭和にかけ、危険を顧みない前人未踏の探検調査を日本国内をはじめ、朝鮮半島・中国東北部・モンゴル・西南中国・台湾・千島列島・サハリン・東部シベリア・南米ブラジル・ペルー・ボリビアなどの各地で行なった。 この記事の続きを読む

「近代日本画の父」と称えられる天才画家 狩野芳崖

伝統的な狩野派の画風に西洋の画法を取りいれた狩野芳崖。

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500社超を起業、「日本資本主義の父」渋沢栄一

渋沢栄一は、明冶・大正期の指導的大実業家。尊王攘夷論に共鳴するが、一転して一橋家に仕え、1867(慶応3)年、パリ万国博覧会に出席する徳川昭武に随行し、欧州の産業、制度を見聞。

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初めて明治天皇に拝謁した実業家かつ易聖 高島嘉右衛門

高島嘉右衛門。14歳で家業の材木商に従事。1855(安政2)年に江戸を襲った安政の大地震を独自の易によって予言、材木の取引で多大な利益をあげたが、暴風雨で負債を抱えた。その後、貨幣の交換比率の違いを利用した外国人相手の商売が違法で投獄、その6年間で易学を修得。

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江戸時代に微分積分を発見した関孝和

和算の大家・関孝和は、1674(永宝2)年に『初微算法』を著し、日本独自の数学である和算を体系化した。 この記事の続きを読む

世界初の女流エッセイスト 清少納言

平安中期を代表する女流文学者・歌人。中古三十六歌仙の一人。一条天皇中宮定子に仕え、後宮で活躍。「をかし」の美を基軸に据え、「春は、あけぼの」で有名な随筆『枕草子』を著わす。家集に『清少納言集』がある。

「無我と至誠」の体現者 山岡鉄舟

幕末から明治中期まで活躍した剣・禅・書の達人・山岡鉄舟。 この記事の続きを読む

樺太とユーラシア大陸の間にある海峡を発見 間宮林蔵

1809年、間宮林蔵は樺太とユーラシア大陸の間にある海峡を発見した。

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世界唯一最古の女流作家 紫式部

1008年頃、世界最古の長編小説『源氏物語』を著わした紫式部。清少納言の『枕草子』とともに王朝女流文学の双璧とされる。

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