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2013年8月29日

世界初の海底鉄道トンネル 関門鉄道トンネル

1942年(昭和17年)7月1日、関門海峡の海底下に造られた、世界初の海底鉄道トンネルである関門鉄道トンネルが開業し、下り本線で貨物列車の運転を開始した。11月15日には下り本線で旅客車が運転を開始。特急「富士」が一番列車として通過した。


関門鉄道トンネルは下関市彦島江の浦町と北九州市門司区梅ノ木町を結ぶ、JR山陽線の単線並列式(単線が2本通る)海底トンネル。関門海峡大瀬戸の海底を潜ってJR山陽本線下関駅と門司駅を繋ぐ、世界初の海底鉄道トンネルである。

トンネルの全長は上り線が3,604m、下り線が3,614m、そのうち海底部分の長さは1,140mである。なお、特徴として、トンネルの一番底の部分は電気が通じていない為、ここでは電車は動力を得ることが出来ない。従って、底の手前の通電区間で得た速力で、次の通電区間まで走り抜けないといけない。

鉄道が開通して全国に普及した明治の半ば頃、本州と九州は鉄道と航路をつなげて、貨物を輸送していた。本州の下関まで鉄道で運ばれた貨物は、そこから船で九州の門司港まで運ばれ、そこからまた鉄道で運ばれた。しかし船での輸送は天候の影響を受けやすく、また速度や運搬量が限られる。そこで、より安定して多くの貨物を運べるように、関門海峡を橋、又はトンネルでつないで鉄道を通す案が1896年(明治29年)に提出された。

当時の日本は日清、日露戦争を戦う戦時下にあり、橋は艦砲射撃に弱く、国防上問題があったことと、トンネルの方が工費が安かったことから、結局トンネル案が採用された。

工事は1936年(昭和11年)から始まり、下り線は1942年(昭和17年)、上り線は1944年(昭和19年)に開通した。工法は当時最先端だったシールド工法を採用。これはシールドマシンと呼ばれる筒状の掘削機で掘り進み、セグメントと呼ばれる円弧状のブロックを組み上げてトンネルを作っていく工法で、日本では1917年、羽越本線の折渡トンネルで初めて採用された。現在では一般的な工法だが、当時はまだ珍しかった。

その後、日本のトンネル掘削技術は飛躍的に進歩し、世界最長の海底トンネルである「青函トンネル」や、ドーバー海峡を結ぶ海底部分世界最長のトンネルである「ユーロトンネル」などにその技術が生かされている。その原点となったのが、この関門鉄道トンネル工事であると言えるだろう。