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2007年12月
日本の識字率は、数百年に亘って世界一。1400年代に日本に来た朝鮮通信使の申叔舟は、日本人は男女身分に関わらず全員が字を読み書きすると記録している。
茶道は、簡素な趣や「一期一会」の心を取り入れ、主人は出会いを大切にするために心を込めてもてなし、客は主人のもてなしの心を思い、感謝の気持ちを持つ。
2005年3月、三菱電機は、炭素イオン線を用いた粒子線治療装置の医療用具製造承認を世界で初めて取得した。陽子線より、患者の負担を軽減でき、また、重要器官の近傍にある大きな腫瘍に対しても高い治療効果が期待できる。日本は、世界的に見て粒子線による癌治療には実績があり、炭素イオン線治療では最も進んでいる。
2002年5月16日、世界最高峰のエベレスト(8848m)に63歳176日での登頂に成功。 女性の世界最高齢記録を樹立した。これまで、8000m級の山5峰のほか、モンブラン、キリマンジャロ、アコンカグアなどを制覇している。
能。約600年の歴史を持ち、舞踏・劇・音楽・詩などの諸要素が混じりあった現存世界最古の舞台芸術。
エベレスト最高齢登頂記録を、4人連続で、日本人が更新中だ。
2002年石川富康、2003年三浦雄一郎、2006年荒山孝郎、2007年5月22日に71歳2カ月で柳沢勝輔が登頂に成功した。
チョコレート細工の世界大会決勝戦「ワールド・チョコレート・マスターズ2007」で、日本人の水野直己さん(29歳)が総合優勝。チョコレートの本場の欧州勢を抑えてアジア初。
2002年、アメリカンフットボールプロリーグ(NFL)ピッツバーグ・スティーラーズの球団専属のトレーナーに就任。NFL史上初の女性トレーナーとなる。スティーラーズは2006年のスーパーボウル(優勝決定戦)を26年ぶりに制覇。女性スタッフとしても日本人としても初めて世界一のNFLチャンピオンリングを手にした。
1957年、常々、日本にエネルギー資源の無いことを愁えていた山下太郎は、サウジアラビアでのペルシャ湾海底油田の入札に参加。欧米の大手石油会社も利権獲得に乗り出していたため、交渉は難航したが、日本人として初めての権利獲得に成功した。クウェートでの採掘権も獲得し、1958年アラビア石油株式会社を創立。1960年に第1号の油田を掘り当て、以降9つの油田の掘削に成功。日本の自主開発油田の約50%を占める採掘を行い、石油の安定供給に貢献した。
侍の起源は古く、9世紀頃から地方の豪族や有力農民らが外からの侵害を防止するために武装化し、やがてこれが武士団へと発展していった。
1953年「多変数関数論」分野の未解決問題3つをすべて解決。現代数学の試みである一変数複素関数を多次元化するために伴う本質的な困難を乗り越え、偉大な業績を残した。
直系が72代1400年続き、今日に到っている世界唯一の元首。今なお続く天皇家に対し世界に比類すべき王族はない。初代の天皇である神武天皇から数えると少なくとも2,600年ほどの歴史がある。国の太古から現在に到るまで続いている事実は、他に類を見ず、驚異と言うほかない。
ダブルバルーン電子小腸鏡の開発により小腸疾患の診断治療に希望。2003年11月 富士写真光機と自治医科大学 消化器内科山本博徳医師は小腸全域の観察処置が出来るダブルバルーン電子小腸鏡を共同開発した。
2003年10月 オリンパス株式会社は、先端が世界で最も細い外径2.6mmの膵胆管疾患の検診治療用のビデオスコープを開発した。高画質で粘膜の状態が鮮明になることから診断治療への貢献が期待される。
三菱重工・広島製作所では普通乗用車のタイヤから超大型トラック用のジャイアントタイヤ、またミキサーや検査機など、各種タイヤ製造用機械を製造している。中でも液圧式加硫機は世界のシェアでトップクラスに位置し、世界のタイヤ機械メーカーのリーダーの地位を確立している。広島製作所は広島市の西南に位置し、観音工場と江波工場で構成されており、観音工場では、コンプレッサー・駆動用タービン・ゴムタイヤ機械が、江波工場では、運搬機器・民間航空機胴体パネルの組み立て等の多岐にわたる製品が製造されている。
1971年、シカゴ大学教授・藤田哲也。世界で年間千個以上観測される竜巻(トルネード)の3/4が集中するアメリカで、竜巻の風速を測る「フジタスケール(Fスケール)」という指標を発明。国際的な基準となった。また1975年、ダウンバースト(下降噴流)を発見。多くの人命を救った世界的権威。
著書100冊中23冊を英語で書き、アメリカの多くの大学での講義を通じ、日本の禅文化と仏教思想を世界中に広く知らしめた仏教学者。
1953年の『東京物語』は「日本映画の最高傑作」と評され、世界歴代映画ベスト10に入る名作。
戦後、白洲次郎はマッカーサーに昭和天皇からの贈り物を届けに行った時、その辺に置いておけと言われ、「天皇からの贈り物をその辺に置けとは何事か」と叱りとばした。曲がったことは認めず、筋を通し、GHQと対等に渡り合った。
自動織機を研究し、23才での木製人力織機の発明を皮切りに数多くの発明を手がけ、1924(大正13)年、世界最高性能の自動織機を完成。1926年、豊田自動織機を創業し繊維機械産業の発展に大きく貢献。志は長男・喜一郎に引き継がれ、トヨタ自動車の創設、自動車産業の発展へと広がった。