「ヤン・ミルズ理論」をいち早く完成させていた日本人 内山龍雄 | 日本の世界一

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2009年10月12日

「ヤン・ミルズ理論」をいち早く完成させていた日本人 内山龍雄

理論物理学者 内山龍雄(うちやま りょうゆう)は、素粒子物理学のみならず、宇宙の誕生・進化まで解明が期待されている統一場理論の基礎となるゲージ理論の第一人者である。一般ゲージ場論は、一般相対性理論と並ぶ物理学の最重要基礎理論。

(経歴)内山 龍雄(うちやま りょうゆう)

  • 1916年 静岡県生まれ
  • 1940年 大阪帝国大学理学部物理学科卒業
  • 1954年 プリンストン高級研究所に研究員として招聘
  • 1955年 大阪大学教授
  • 1963~1974年 一般相対性および重力に関する国際委員会常任委員
  • 1980年 帝塚山大学教授、大阪大学名誉教授
  • 1982年 帝塚山大学学長
  • 1990年 没

湯川秀樹の傍系の門下生であった内山は、(湯川らの)中間子論に対し、理論的な視点から疑問(試行錯誤に頼る等)を抱いていた。

そこで彼は、先ず重力場と電磁場に共通の原理を見つけ出そうとした(*1)。
ワイルの統一場の理論(ワイルのゲージ場論、ワイル空間)からアイデアと示唆を得て、1954年3月には一般ゲージ場論の論文は出来上がっていたにも拘わらず、学会に発表することなく、1956年になって、その論文を発表し(*2)、理論物理学におけるゲージ理論(*3)の先駆的役割を果たした。しかし、その少し前の1954年に楊振寧とロバート・ミルズが、新しいゲージ場として、ヤン・ミルズ場を発表したこともあり、ヤン・ミルズ場の理論が一般ゲージ場論と同意に使われることになり(*4)、内山の一般ゲージ場論の業績が軽くみられる傾向にあるのは、実に無念である。因みに、楊はその後、李とパリティ対称性の破れの存在を予言し、1957年にノーベル賞を共同受賞している。

その後10年程、一般ゲージ場論は、世間の注目を引くことはなかったが、1960年代になって、グラショウ、ワインバーグ、サラムが素粒子の電磁的相互作用、弱い相互作用を4個のゲージ場を用いて統一的に記述することに成功した。彼らの名前を取ってGWS理論、あるいは、電弱統一理論と言う。これにより、彼らは1979年にノーベル賞を共同受賞している。

更に、素粒子の研究、特にクォーク理論が進展し、ゲージ理論が脚光を浴びるに到り、近年、これに続いて、電磁力、弱い力、クォーク接着力(強い力)を統一的に扱おうとする大統一理論、更には、この統一理論に重力を加えた超統一理論と言ったものが活発に研究されている。

(*1)
内山は、従来の物理学者のオーソドックスな考え方の逆転の発想で、理論(ゲージ不変性)から物理法則を導く手法を採用した。

(*2)
「1956年、フィジカル・レビュー誌に発表した”Invariant theoretical interpretation of interaction”は、今日のゲージ理論の嚆矢であり、統一理論の予言的な論文としてきわめて高く評価されている。」< 「物理学はどこまで進んだか」より引用>

(*3)
ゲージ(場)理論とは、時空の各点毎に、素粒子の属性の物差しの基準(ゲージ)を変えても(ケージ変換)、そのものの物理法則は変わらないとする「ケージ不変性」を研究する素粒子物理学の基礎的学問領域である。

(*4)
内山の論文には、ゲージ場の一般論と、電磁場も重力場もその応用例であることが示されている。一方、ヤン・ミルズの論文は、一般ゲージ場の特別な一例を示したものである。

引用文献

岩波現代選書「物理学はどこまで進んだか」(岩波書店 1983年発行)