『鉄腕アトム』『ジャングル大帝』などで世界中から愛された漫画家 手塚治虫 | 日本の世界一

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NEWS 2007年3月23日

『鉄腕アトム』『ジャングル大帝』などで世界中から愛された漫画家 手塚治虫

漫画家・手塚 治虫は、卓越したストーリー性、映画的とも評される画面展開、圧倒的な作品数と高いレベルで、日本漫画界の黎明期から世界の「MANGA」に育つまで、常に第一線で駆け抜けた。漫画家でその影響を受けていない人はいないと言っても過言ではないだろう。手塚治虫の漫画が、大人が漫画を読むという文化を出現させたといえるかもしれない。

手塚 治虫(てづか おさむ)大阪府豊中市生まれ

1928年(昭和3年)11月3日 - 1989年(平成元年)2月9日 日本の漫画家。

手塚の漫画は、デビュー当時からとても斬新で熱狂的読者に読まれてはいたが、真に国民的存在となったのは『鉄腕アトム』だろう。
1963年 -虫プロダクションで、日本初のテレビアニメシリーズ『鉄腕アトム』を制作。フジテレビにて1月1日から放送された。(原作漫画は1952年~1968年)
21世紀の未来を舞台に、原子力で動く感情を持った少年ロボット・アトムが活躍する物語。米題は『Astro Boy』。鉄腕アトムが見せた近未来は、その当時の科学の驚異的な発展と日本の躍動とあいまって、もうそこまで来ている夢の世界を実感させ大人も熱狂した。平均視聴率30%を超え、その後世界各地でも放映された。

その後、初のカラーアニメとして、1965年 『ジャングル大帝』がフジテレビから放送された。(原作漫画は1950年~1954年)
アフリカのジャングルを舞台に、白いライオン・レオの活躍を中心とした物語。その豊かな色彩は圧巻だった。音楽担当は、冨田勲氏。
1967年 - 劇場版がヴェネチア国際映画祭でサンマルコ銀獅子賞を受賞、『Kimba the White Lion』の題名で米国はじめ世界各国でも放映された。

手塚治虫漫画の国際性を示すものとして、2001年に公開された劇場用アニメ映画『メトロポリス』を紹介したい。
原作は、手塚が1949年に発表した初期SF漫画の一つ。近未来における、人間とロボットの葛藤を描いた作品で、その源流は、ドイツで1926年製作されたモノクロサイレント映画の傑作『メトロポリス』(Metropolis)に見られる。
多くの漫画家に影響を与えた手塚だが、その中の一人、漫画家・大友克洋は、幼い頃から手塚作品を読んで育ち、自身の作品『AKIRA』を手塚氏に捧げたとされている。手塚の死後映画化された『メトロポリス』に、大友は脚本で参加した。
映画は、BMにレイ・チャールズを起用するなど話題を呼び、特に米国での評価が高く、米国で最も信頼されている映画評論家ロジャー・エバートは、自分が見たアニメ作品の中で最も素晴らしい作品であると絶賛している。

手塚は、医学博士の学位を持つことでも有名で、その知識は、1973年から週刊少年チャンピオンに連載された『ブラック・ジャック』で遺憾なく発揮された。天才的腕を持つ外科医ブラック・ジャックの活躍を描いた作品だ。

更に、手塚氏のライフワークといえる作品が『火の鳥』。初期の頃から晩年まで手がけられており、舞台も、古代から超未来、日本から宇宙まで縦横無尽で、不死鳥の火の鳥をシンボルに、壮大なスケールで描かれている。

その他、特に手塚漫画を読まなくても、アニメなどの原作として知らないうちに接していたという人も多いかもしれない。

『リボンの騎士』(『少女クラブ』版1953年~1956年 『なかよし』版1963年~1966年)
『ビッグX』(1963年~1966年)
『バンパイヤ』(1966年~1967年,1968年~1969年)
『どろろ』(1967年~1968年)
『海のトリトン(青いトリトン)』(1969年~1971年)
『ふしぎなメルモ』(1970年~1972年)

最近では、2007年に公開された実写映画「どろろ」の原作も、手塚治虫だ。

参考

フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

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