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2008年5月15日
直接手でデジタル情報に触って操作(タンジブル)できる画期的インターフェイス、「タンジブル・インターフェイス」を開発したのがマサチューセッツ工科大学(MIT)の日本人教授石井 裕だ。
従来のコンピューターは、キーボードやマウスを用いて、一人のユーザが扱うことを前提としていたが、この開発によって、これからのコンピューターは、誰もが情報に直接触れながら操作できるという、より実態感のあるものになる。
タンジブルとは「具体的な」「実体のある」という意味。「タンジブル・インターフェイス」の開発によって、これまでの既存コンピューターの概念は一新される。「第3世代インターフェイス」と呼ばれる所以だ。
石井は、1978年北海道大学電子工学科卒業後、1988年からNTTヒューマンインターフェイス研究所において6年間勤務した。そこで同僚とともに、遠隔地にいる人同士がガラス板を通して相手の顔を見ながら情報を共有できる「クリアボード」を開発した。この発表が高い評価を受け、パソコンの父とまでいわれたアラン・ケイの目にとまり、石井はMITメディアラボに招聘された。MITメディアラボは、人工知能の権威であるマービン・ミンスキーをはじめ、各分野を代表する約30人の有名教授が名を連ね、日々革新的な研究を行なっていることで知られている。
そのMITのネグロポンテ所長は石井にこう言った。「同じ研究は続けるな、人生は短い。新しいことに挑戦することが最高のぜいたくだ」この言葉が石井を奮起させた。学生たちと日夜議論を重ね、MIT就任3カ月後に思い立ったのが、「タンジブル・インターフェイス」という発想だった。
タンジブル・インターフェイスについて、氏が発表した「タンジブル・ビット-情報と物理世界を融合する新しいユーザ・インターフェイス・デザインー」の導入部でこう述べている。
「「仮想」という言葉で呼ばれてきたオンライン・デジタルの世界は、パーソナルコンピューター、PDA、携帯電話の偏在化と、常時オンのネット接続により、「現実」の日常生活の基盤に深く食い込んだ。その結果、[現実]と対比してあえて「仮想」と呼んだ二極対立構造的世界観は、自然消滅しつつある。一方、オンライン・デジタル世界(仮想)と、物理的現実世界(現実)との境界面の「ユーザーインターフェイス」の観点から見ると、依然はっきりとした不連続面が存在している。仮想世界には、グラフィカル・ユーザー・インターフェイス(GUI)によって既定される「ピクセル」主体の世界であり、スクリーン、キーボード、マウスによって構成される標準的な「ガラス窓」からしか覗くことができない。しかし、ビジュアルに変幻自在なピクセルを操ることで、GUIは多様な機能を視覚的にシミュレートできる「汎用性」をもたらした。これがGUIの大きな成功の要因となった。「タンジブル・ビット」はGUIと異なる新しいユーザ・インターフェイス・デザインのためのパラダイムを目指すための研究アプローチである。」
<タンジブル・ビット -情報と物理世界を融合する新しいユーザ・インターフェイス・デザイン- より引用>
石井の「タンジブル・インターフェイス」を具体化した試作の一つに「music bottles」がある。ガラス瓶の蓋を開けるとジャズ音楽が流れてくる。音楽のほかにも天気予報、詩、物語など、多様なコンセプトが考えられている。石井が母親への贈り物として暖めていた「天気予報の小瓶」のアイデアが原点だという。台所で醤油ビンを開けると醤油の香りが漂うという、日常の慣れ親しんだ世界のモデルを応用したものだ。ガラス瓶という、誰もが日常的に使う物をデジタル世界とのインターフェイスに使用した例である。他にも、卓球台の中を魚が泳ぎ、ピンポン玉が当たると水紋が走り魚が逃げる「Ping Pong Plus」、三次元空間でベクトルを測り、その結果を無線で随時コンピューターに送れる「Hand SCAPE」など、タンジブル・インターフェイスの応用は建築、デザイン、アートまで幅広い分野にまで及ぶ。