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2007年3月9日
柔道の創始者。講道館を設立して柔道を広めた。「日本体育の父」とも呼ばれている。1860年(万延元年)生まれ。1877年に東京帝国大学(現 東京大学)に入学。嘉納治五郎は幼い時から身体が弱く、強くなりたいという一心で、大学時代に柔術を学び始めた。天神真楊流柔術、起倒流柔術を学んだ治五郎は、それぞれの技の優れた点を取り込んで、独自の「柔道」を作り上げていった。
1882年(明治15年)に講道館を設立、1884年に武道大会(警視庁の主催)で、治五郎の弟子たちが警視庁の強者と対戦して好成績をおさめると、入門者が急増した。
嘉納治五郎は教育者としても優れており、学習院教頭、東京高等師範学校(現筑波大学)校長、旧制第五高等学校(現熊本大学)校長などを務めた。中国からの留学生受け入れにも熱心で、私財を投じて「弘文書院」を設立した。『阿Q正伝』の作者として知られる若き日の魯迅もここで学んでいる。
1909年、クーベルタン(国際オリンピック委員会会長)の要請によりアジア初のオリンピック委員に就任した。1912年に、第5回オリンピック(ストックホルム大会)に日本が初参加した時は、選手団の団長として出場した。
IOC委員や大日本体育協会の初代会長を務めたことから、「日本体育の父」とも呼ばれる。
参照
「人間の記録」編集室編著 「人間っておもしろい:シリーズ「人間の記録」ガイド」 日本図書センター
千葉尚之 「柔道王」―最強の柔道家11人の軌跡 ネコパブリッシング