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2010年3月25日
1891年、世界初のプロペラ式の模型飛行機を発明。看護卒だった1894年、設計書を軍上部に提出したが却下され除隊。1903年、資金の目処がたった時、ライト兄弟に先を越され、落胆し製作を断念。後の航空専門家が驚嘆するほどの設計図を作っていた。
飛行機による人類初の飛行に成功したのはライト兄弟だ(1903年)。
しかし、それよりも遥か12年も前に、二宮忠八(1866~1936)が模型飛行機の飛行を成功させていた。彼は陸軍に勤務する傍ら、飛行機の研究を始めた。
1841年、二宮は模型飛行機「烏型飛行器」(胴体の長さ35cm)の飛行実験に成功した。これに自信を得た二宮は、人間の乗れる飛行器の開発に取りかかった。
1892年、玉虫の飛行にヒントを得た「玉虫型飛行器」を完成させた。その後、陸軍の上司に石油発動機をエンジンに使った飛行器の設計書に上申書を添えて実用化を提案するが、「人間が空を飛べるわけがない」と、理解を得られなかった。そのため、二宮は自分で開発費を得るために、陸軍を除隊して製薬会社に就職し、資金を貯めた。
この設計図は大変優秀なもので、後に航空専門家を驚嘆させた。
1903年、二宮は人間が乗れる玉虫型飛行器の機体をほぼ完成させた。あとは、資金を工面してエンジンさえ入手すれば飛べる状態だったが、多くの資金援助に恵まれたライト兄弟に先を越されてしまった。
後年、二宮の偉大な業績は日本国内でも知られるようになった。
1964年にはイギリス王室航空協会で玉虫型模型飛行器が展示され、二宮は「ライト兄弟よりも先に、空を飛ぶための原理を発見した人物」と紹介された。
今でも二宮の出身地・愛媛県八幡浜市では、飛行実験に成功した4月29日に「二宮忠八翁飛行記念大会」が開かれている。